科学の時代の現代人もその日の運勢や
占いが何となく気になることがあります。

神仏の加護や物の怪(もののけ)が
信じられていた平安時代ともなれば
政治判断や宮廷行事に吉凶占いが
重要な役割を占めていました。

そこで重要な役割を果したのが『日記』

今の日記帳とは違い毎日の天文などから
導かれた吉凶情報が記された『貝注歴』と
いう暦を使い余白には日々のできごとや
戸惑いを書き込んでいたようです。

その役をになったのが歴を担当する
『陰陽師』といわれる陰陽寮の役人。

手の爪切りや入浴に差障りがない日など
細かく記されいたようです。

私の場合B5のノートに月の満ち欠けが
書かれている月のカレンダーを貼りつけて
います。

自分の体調や麹の仕込み、お味噌の仕込み
など書き込んでいます。

この時期この手帳やブログの記事を
読み返すととても自分なりに面白いです。

今年は本当に今までになく『土』に触ることが
多かったように思います。
子供の頃よりも陽にもよくあたりました。

来年はもう少し暦を意識して月や日の力を
借りて大豆や麦、野菜を育てたいと思って
います。

縁あって福岡県飯塚市の内野という所に
頃合いの畑二枚をお借りできるように
なりました。
棚田になっています。

小川の水もきれいで夏にはホタルが
飛び交う場所です。

地元の農家さんの応援もいただいて
来春より野菜の栽培を始めます。
(参加者募集いたします)

内野地区は江戸時代には長崎街道の
宿場町『内野宿』としてにぎわって
いたそうです。

あのシーボルトや伊能忠敬も長崎から
この道を歩いていたそうです。

この街並みを復元しようという取り組みも
はじまっています。

『内野宿』は国道200号線から外れていて
当時の街道がそのまま残り宿場の
面影をよく残しています。

旧旅籠、武家屋敷、麹屋なども
残っています。

その中の一つ旅籠「長崎屋」を畑仕事の
休憩施設として利用できるようになって
いますので江戸町文化にふれて、ロハスな
気分に浸ることができます。

(休憩場所の旧旅籠「長崎屋」)

(長崎屋の部屋に飾られている
内野宿復元地図)

長崎街道『内野宿』詳しくはここからどうぞ

農地見学を兼ねたお茶会を開催予定です
ので乞うご期待!!